2019年10月、消費税率が8%から10%へと引き上げられた際、同時に導入されたのが「軽減税率制度」です。対象品目は主に食品と、もう一つ──新聞(紙媒体・定期購読に限る)です。

この「新聞が軽減税率の対象となる」という制度は、導入当初から税理士業界では大きな議論を呼びました。
書籍や雑誌は対象外である一方、紙の新聞だけが8%に据え置かれたことで、「なぜ新聞だけが?」という疑問の声が絶えません。
テレビではほとんど取り上げられることなかったですけどね。

政府や新聞業界はその理由を、「国民の知る権利を保障するため」「民主主義を支える情報インフラである」と説明します。
確かに、情報へのアクセスを保護する姿勢は理解できます。しかし、その一方で、新聞社にとってこの軽減税率は、“報道の自由”を守るための制度”というより、“新聞業界への経済的支援の仕組み”に近い側面を持っているのです。

第一、人間が生きていく上で絶対必須な水!水道代は10%。情報を取るスマホの通信費も10%なのに、新聞紙の定期購読だけ8%って納得行かないですよね。

とりわけ、消費税の基本的な構造を理解すると、新聞業界が受けている恩恵は想像以上に大きいことが見えてきます。
このコラムでは、税理士的視点から以下の点を掘り下げていきます。

  • なぜ新聞が軽減税率の対象なのか(制度上の要件と背景)
  • 消費税の「仕入税額控除」制度と、新聞業界への影響
  • 売上が減っても還付が得られる構造とは何か
  • 軽減税率が実質的な“業界支援策”になっている可能性

消費税という一見中立な制度の中で、特定業界にどのような形で優遇が及ぶのか──。その仕組みを正確に理解することは、納税者として、そして社会の一員としても重要な視点です。

次章では、まず「なぜ新聞だけが軽減税率の対象になったのか」について、制度的な要件と政治的背景を解説します。

なぜ新聞だけが軽減税率の対象なのか

消費税率が10%へと引き上げられた際に導入された軽減税率制度は、本来、「生活必需品の価格上昇を抑える」ことを目的としています。その対象として挙げられたのが、飲食料品と新聞です。

飲食料品の軽減税率は、消費者の日常的な支出負担を和らげるためという理屈で説明がつきます。しかし、新聞が8%に据え置かれる根拠は、制度的にはやや特殊な扱いです。ここではその要件と背景を見ていきましょう。

■ 軽減税率の対象となる新聞の定義

軽減税率の対象となる新聞には、明確な条件が定められています。
消費税法基本通達により、以下のすべてを満たす必要があります(消費税法施行令第9条、通達11-2-1):

  1. 定期購読契約に基づく販売であること
  2. 週2回以上発行されるものであること
  3. 紙媒体によるものであること

したがって、次のような新聞は軽減税率の対象外となります:

軽減税率の対象?理由
コンビニで買う新聞×定期購読ではない
電子版新聞×紙媒体でない
月1回発行の地方紙×発行頻度が足りない

当然、雑誌や、本は対象外です。

つまり、軽減税率が適用されるのは「紙の新聞を契約して定期購読している世帯」に限定されており、現在のメディア消費の実態に照らしても、対象者はかなり限られています。

■ 建前:知る権利と民主主義の保障

政府および新聞業界の主張は一貫しています。
「新聞は国民の知る権利を守るための公共財であり、消費税による価格上昇でそのアクセスを制限することは、民主主義にとって望ましくない」という立場です。

たとえば、2015年に日本新聞協会が出した意見書では、次のように述べられています:

「新聞は、日々の情報提供を通じて、国民の知る権利に寄与し、健全な民主主義の基盤を支えている」
「このような公共的機能を持つ新聞への軽減税率適用は、欧州を含む多くの国でも認められている」
――(日本新聞協会「消費税の軽減税率制度に関する意見」より抜粋)

欧州諸国では新聞への軽減税率適用は珍しくなく、イギリスやフランス、ドイツなどでも新聞には0〜5%程度の税率が適用されています。

■ 本音:政治的な配慮と報道への“静かな恩恵”

一方で、この制度が導入された2015〜2016年当時、消費税率引き上げに対しては、新聞各社は当初こそ批判的な論調を展開していました。しかし、新聞が軽減税率の対象に含まれることが決まってからは、その論調が軟化したというのも事実です。

これは偶然ではなく、次のような見方も存在します:

  • 自民党・公明党が推進した軽減税率の制度設計において、新聞業界がロビー活動を展開
  • 政府としても「報道機関の理解を得たい」という政治的意図があった
  • 結果的に「新聞は軽減税率の対象にすべき」という声が業界内外で広がり、制度に組み込まれた

つまり、新聞が軽減税率の対象となったのは、制度設計の理念だけではなく、報道機関との“政治的駆け引き”の一環でもあったと考える向きが多いのです。

昔のテレビはもっと、政治批判をしていた気がしますが、今では政治を取り上げる番組も減っていますよね。
選挙前にそれぞれの候補者の主張を取り上げる番組とかやらないと、民主主義の基盤を支えられてないと思います。
結果的に、SNSでは、候補者や各政党からの一次情報、二次情報が拡散されていますが、それに対して、テレビ局がいうのは「デマの拡散」とか言ってるのを聞くと、なんだかこのレベルに軽減税率かぁと残念に思います。

コレが果たして民主主義なのか、極めて疑問が残ります。

■ 税理士の視点:軽減税率の線引きには“恣意性”がある

税制における軽減税率は、原則的には社会的弱者への配慮や生活必需品の保護を目的とするものです。
しかし、新聞への適用は、他の情報媒体との比較や購読者層(中高年中心)を考えると、税の公平性や中立性という観点で説明がつきにくいのが現実です。

さらに、後述するように、新聞社はこの軽減税率の適用により、単なる「価格据え置き」以上の財政的な恩恵を受けています。制度の目的と実態の乖離については、今一度冷静に見直す必要があると言えるでしょう。

消費税の仕組みと軽減税率の“恩恵”

新聞に軽減税率が適用されることで、読者にとっては税込価格の据え置きが可能になりますが、それ以上に注目すべきは、新聞社が享受する税務上の“キャッシュメリット”です。

税理士の視点から見たとき、この制度は単に「消費者の負担を減らす」だけではなく、新聞社の収支構造に実質的な影響を与える優遇措置となっている可能性があります。その要点は、消費税制度の根幹をなす「仕入税額控除」にあります。

■ 消費税の計算の基本:多段階課税と仕入税額控除

消費税は、事業者の利益に対して課されるものではなく、商品の販売やサービスの提供といった“取引”に対して課される間接税です。

事業者は、次のようにして納税額を計算します:

消費税の計算式

消費税の納税額=売上にかかる消費税(仮受消費税)−仕入等にかかる消費税(仮払消費税)

この仕組みによって、取引の各段階で二重課税が発生しないようになっています。これが「多段階課税+仕入税額控除方式」です。

■ 新聞業界における税率の不一致が生む“控除超過”

ところが、新聞業界の場合は特殊です。以下のように、仕入と売上で税率が一致していません

  • 仕入:用紙代・印刷費・記者の交通費・外注費等 → 原則 10%
  • 売上:定期購読の新聞 → 8%(軽減税率)

このように「仕入10%・売上8%」という税率差がある場合、売上で預かった消費税よりも、仕入で支払った消費税の方が大きくなりやすくなります。

その差額は、税務上「仕入税額控除」が使いきれない部分となり、還付または次期繰越控除の対象になります。

■ 実例:新聞社の消費税計算(簡易シミュレーション)

以下、仮定に基づくシンプルな例です。

▽前提

項目金額(税抜)消費税税率
【売上】新聞販売(定期購読)1,000万円80万円8%
【仕入・経費】(紙代・印刷・交通費等)900万円90万円10%

▽消費税納付額の計算

80万円(仮受)−90万円(仮払)=▲10万円(還付)

つまり、新聞社は実際の納税がゼロどころか、逆に10万円が還付される構造になります。

■ この仕組みの実質的な意味

この差額2%分の構造は、新聞社にとって以下のメリットをもたらします:

  1. 価格を据え置いても、仕入税額控除によってキャッシュフローが改善される
  2. 売上が減少しても、経費の多くが10%である限り、還付額は大きくなる傾向
  3. 消費税納税義務のある他業種と比べて、相対的に有利な税制環境

このように、新聞に対する軽減税率は、単なる“読者の負担軽減”ではなく、制度上、新聞社のキャッシュフロー支援という側面を強く持っています

■ 輸出企業との共通点

この構造は、いわゆる「消費税ゼロ」で輸出を行う企業と似たものがあります。
輸出取引は消費税法で非課税(正確には「免税取引」)とされ、国内仕入れの10%分が丸々還付されるため、輸出企業には「消費税還付」が日常的に発生します。

新聞業界は「ゼロ%」ではなく「8%」ですが、“売上税率より仕入税率が高い業種”という意味では共通しており、同様の還付構造が発生しうるのです。

■ 会計・税務の実務上の扱い

実際の申告では、課税売上高のうち軽減税率対象分(8%)と標準税率分(10%)を区分して記帳し、仕入税額控除もそれぞれに対応させて整理する必要があります。

国税庁の申告書第2表(消費税及び地方消費税の申告書)の様式でも、軽減税率と標準税率は別欄で記載する構成となっており、軽減対象の売上割合が高い業種では、控除超過が起きやすいことが明示的に反映されています。

ポイント内容
制度の仕組み消費税は「売上税額 − 仕入税額」で計算される
新聞業界の構造売上税率(8%) < 仕入税率(10%)
実質的効果控除しきれない仕入税額 → 還付または次期繰越へ
比較対象輸出企業と同様、“還付体質”を持つ業種構造
税制上の特色読者支援を超え、実質的には新聞社支援の役割

売上減少と還付の関係

新聞業界は現在、構造的な縮小に直面しています。
デジタル化の進展、若年層の新聞離れ、広告収入の減少などにより、発行部数・売上ともに右肩下がりが続いています。

ところが、そのような「縮小市場」においても、軽減税率制度のもとでは、一定の経費を維持したまま、売上が減少することで“還付の割合”が増えるという逆説的な現象が起こり得ます。

■ 新聞業界の構造変化:売上減、経費高止まり

▽発行部数の推移(日本ABC協会調べ)

  • 1997年(ピーク)… 約5,300万部
  • 2024年 … 約2,800万部(推定)

▽要因は??

  • インターネットニュースの普及
  • 若者の定期購読離れ
  • 折込広告の減少による収入低下
  • 紙媒体の信頼低下と価格負担感

▽一方で削減が難しいコスト

  • 印刷機器や配送網などのインフラ維持
  • 紙代・インク代などの原材料費(価格上昇傾向)
  • 記者・編集者・校閲スタッフなどの固定人件費

つまり、「部数は減ったが、経費はそれほど減らない」という状態が続いています。

■ 「仕入税額控除」が相対的に大きくなる構造

消費税は「預かった税(仮受消費税)」から「支払った税(仮払消費税)」を差し引いて納税額を決める仕組みです。これを仕入税額控除(しいれぜいがくこうじょ)と呼びます。

新聞社が販売する新聞(定期購読の紙媒体)には軽減税率8%が適用されており、消費者から受け取る消費税も8%にとどまります。
一方、新聞の制作・発行にかかる仕入れや経費──たとえば紙やインクの購入費、印刷会社への外注費、記者の交通費や宿泊費などには、通常の標準税率10%が課されます。

このように、売上にかかる消費税率(8%)よりも、仕入や経費にかかる消費税率(10%)の方が高くなるため、次のような状態が生まれます

  • 消費者から受け取った税金(仮受消費税)よりも
  • 事業活動の中で支払った税金(仮払消費税)の方が多くなる

この差額は、税務署に対して「払いすぎた分」として計算され、還付を受けるか、他の課税売上にかかる税と相殺することができます

数式

消費税納税額=仮受消費税(売上×税率)−仮払消費税(仕入×税率)

新聞の場合、売上にかかる税率が8%に抑えられている一方で、仕入は依然10%のままなので、「納税額がゼロになる」か「逆に還付される」というケースが起こりやすくなるのです。

このように、「仕入税額控除が相対的に大きくなる構造」とは、税率差によって、売上が小さくなっても一定の仕入(=経費)が存在する限り、還付を受けやすい体質になるという意味です。

さらに言えば、売上が減ることで受け取る消費税も減るため、相対的に仕入税額控除(仮払税)の割合が高まるという結果になります。

■ 比較シミュレーション:発行部数が減った場合

▽前提条件(単純化のため消費税のみで記載)

項目ケースA(部数多)ケースB(部数半減)
販売数100万部50万部
新聞販売収入(税抜)10億円5億円
仮受消費税(8%)8000万円4000万円
印刷・取材等経費(税抜)9億円8.5億円(微減)
仮払消費税(10%)9000万円8500万円
消費税差額▲1000万円(還付)▲4500万円(還付)

→ このように、売上減に伴って仮受消費税が大きく下がると、差額(還付)はむしろ増える可能性があります。

■ 軽減税率がもたらす“縮小均衡”の保護機能

売上が減っても、新聞を作るためには一定の経費がかかります。
軽減税率によって8%に据え置かれていることで、「収入の減少スピード>支出の減少スピード」となり、消費税還付が“赤字補填の一部”として機能している構造が生まれています。

特に次のような企業には、税務的に有利な局面が現れます:

タイプ備考
高コスト体質の大手新聞社還付額が多くなりやすい
印刷・物流を内製化している社仮払消費税の比重が高い
電子版を主体とせず、紙媒体中心売上は軽減税率対象、経費は標準税率

つまり、縮小する市場においても、一定の“財政的クッション”として機能しているのが、軽減税率制度の特徴なのです。

■ この制度は「売れない新聞社を支える構造」になっているかも?

通常、消費税は企業活動の利益・損失とは無関係に「預かった税金を納める」性格を持ちます。
しかし新聞業界のように、「売上税率<仕入税率」という構図が常態化している業種では、消費税制度が事実上の経営支援のような役割を担うことになります。

もちろん、それ自体が違法・不当というわけではありません。
しかし、この構造が制度として許容されている以上、「新聞=公共財」という建前の裏に、実質的な税制上の保護が存在していることは、透明性の観点からも認識されるべきです。

■ 政治的な背景と“報道との距離感”

興味深いのは、消費税増税に対してかつて批判的だった新聞各社が、軽減税率制度が確定した後、論調を軟化させ、増税容認へとスタンスを変化させた点です。インボイスなどややこしい税制、国民にとって不利益になるかもしれない税制も厳しく批判する人が減ったことです。言い方を変えると、政府側にとって有利な意見をするようになりました。

これは偶然ではなく、制度上の恩恵との引き換えに、報道が政治への批判を緩めたと見られる節もあり、報道機関としての独立性・中立性にも疑問を呈する声が上がっています。また、そうした姿勢が、テレビ離れを加速している…という説もあります。

【まとめ】税は静かに、しかし確かに「社会を形づくる」

税は、単なるお金のやりとりではありません。
そこには、「何を大事にし、何を守るのか」という社会の意思が反映されます。

教育が大事だ!というなら、教育は無税に!
自動車を減らそう!というなら、自動車関連は重税に!

こうして、経済や人の選択を、税を使って調整する「経済の流通弁」という役割も税にはあります。
それでいうと、この新聞を軽減税率にしたのは、国民に流れる情報が調整されているのではないか?と思う次第です。

そう考えるとたった2%ですが、恐ろしい税制かもしれません。

投稿者プロフィール

YFPクレアグループ
YFPクレアグループ
税理士法人、行政書士法人、社労士事務所などのグループです。
税制は複雑化していく一方で、税理士を必要としない人々の税に関する知識は更新されていない…と感じ、より多くの人が正しい税知識を得て、よりよい生活をしてもらえたらいいなぁと思って開設したサイトです。専門用語には注釈をつけたり、いつも払っているだけの税金のその先も知ってもらえたら嬉しいです。

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