少子化が深刻な社会問題となっている現代日本。その大きな原因の一つが「未婚率の上昇」です。かつては結婚・出産が人生の当たり前の選択肢とされてきましたが、今や「結婚しない」という選択がごく自然なものになりつつあります。

その背景には、経済的な事情、特に「手取りの少なさ」があります。働いても生活が苦しい、将来に不安がある、そんな状況で「結婚」や「子育て」に踏み切るのは簡単なことではありません。しかも現在の税制度では、共働き世帯が不利になるケースもあり、「結婚しても金銭的メリットがない」どころか、「むしろ損なのでは?」という声すら聞こえてきます。

昔は配偶者控除や年少扶養控除など、家庭を持つことで税負担が軽くなる仕組みが整っており、結婚や子育てを後押ししていました。しかし、共働きが主流になった今、その制度は時代に合わず、むしろ足かせになっている側面もあります。

こうした課題を解決する一つのアイデアとして注目されているのが、フランスなどで導入されている「N分のN乗方式」です。この方式は、結婚や子育てに税制上の明確なメリットを与えるもので、日本でも本気で検討すべき制度だと考えます。

次章では、かつての日本にあった「結婚=得だった時代」について振り返ってみましょう。

昔の「結婚=得だった時代」

かつての日本では、「結婚すると得をする」と感じられる時代が確かに存在していました。典型的なのは、夫が外で働き、妻が専業主婦として家庭を守るというモデルが一般的だった昭和の高度経済成長期です。

この時代は、税制の面でも結婚によるメリットが大きく、たとえば「配偶者控除」や「年少扶養控除」といった仕組みによって、家庭を持つことで税負担が実質的に軽くなりました。特に、専業主婦世帯では妻にほとんど収入がないため、夫の所得だけで課税されるものの、配偶者控除などにより課税所得が大きく圧縮され、手取りが増える仕組みになっていたのです。

また、子どもが生まれれば、年少扶養控除(現在は廃止)によってさらに税負担が軽くなり、「家族が増えるほど家計が助かる」という実感を持ちやすい時代でもありました。こうした税制は、家庭という単位で社会を支えるという思想に基づいて設計されており、結婚や子育てに踏み出すきっかけを後押しする役割を果たしていました。

つまり、当時の日本では「結婚=税金が減る」「子どもが増える=もっと減る」という、いわば“結婚ボーナス”のある時代だったと言えるでしょう。経済的な安心感が、家庭を築く動機になっていたのです。

しかし、こうした時代はすでに過去のものとなりました。次は、今の日本において「結婚=損?」と感じられる理由を掘り下げていきます。

今は「結婚=コスパが悪い?」時代

現在の日本では、かつてのような「結婚してこそ一人前」は完全に消滅。「結婚して得をする」という感覚も薄れつつあります。むしろ若い世代の間では、「結婚すると損をするのでは?」という意識すら広がっています。

最大の要因は、共働き世帯の増加です。現代では、夫婦どちらも働かなければ生活が成り立たないケースが多く、いわゆる「専業主婦モデル」は現実的ではありません。しかし、現在の税制は依然として専業主婦モデルを前提とした仕組みが色濃く残っており、共働き世帯には不利な面も多く存在します。

たとえば、配偶者控除は妻の収入が一定以下であることが前提で、フルタイムで働けば適用されないことも珍しくありません。また、年少扶養控除の廃止により、子どもが0~15歳の間は税制上の優遇がなく、独身時代と変わらない税金を納めながら子育てをする…という現実もあります。

それに加えて、家事・育児の分担や、両家の親との関係、さらには離婚のリスクといった精神的・社会的なコストも無視できません。にもかかわらず、結婚したからといって手取りが増えるわけでもなく、むしろ保育料の計算などで所得が合算されて負担が重くなるケースもあります。つまり、リスクは大きいのに、メリットが愛しかなくて、税制で背中を押すことを全くしていません。

こうした中で、「結婚=自己責任」「家庭を持つのは贅沢」という空気すら漂っているのが現代の日本です。かつてのように、税制が家庭を応援してくれる時代ではなくなってしまいました。

このような状況を打開するためには、時代に即した新しい制度設計が必要です。そこで注目したいのが、フランスなどで導入されている「N分のN乗方式」です。次章では、この制度がどのようなものかを詳しく見ていきましょう。

N分のN乗方式とは?

家族の人数に応じて「税率を調整」することで、税負担を公平にするしくみ──それがフランスで採用されている N分のN乗方式(le quotient familial)です。

日本の税制が「個人単位」で課税されるのに対し、N分のN乗方式は「家族単位」で所得を割り、1人あたりの所得に基づいて課税します。特に子どものいる家庭や、収入格差のある共働き世帯には有利に働きます。

どんな仕組み?

家族の合計所得を、家族構成に応じた単位(パーツ)で割ることで、「一人あたりの所得」を算出し、その金額に税率を適用します。最後に税額を「パーツ数」でかけ戻して、世帯全体の税額を計算します。

【例1】夫600万円・妻200万円・子ども2人(計4人家族)のケース

区分現行の日本の制度(個人課税)N分のN乗方式(家族単位課税)
合計所得夫600万+妻200万=800万円同じく800万円
課税方法夫と妻それぞれに課税800万円 ÷ 4パーツ=200万円
適用税率(概算)夫:20%、妻:10%程度200万円 × 5%程度
税額のイメージ夫:約80万円+妻:約10万円約10万円 × 4=約40万円
税額の差(参考)約90万円約40万円

※税率は簡易な目安で、控除や住民税などは考慮せず概算

【例2】夫婦それぞれ年収400万円(合計800万円)の場合

このような場合も、N分N乗方式では所得を分けるため、合計ではなく平均的な税率で計算されるというメリットがあります。

区分現行の日本の制度(個人課税)N分のN乗方式(家族単位課税)
合計所得800万円800万円
課税方法各人にそれぞれ課税800万円 ÷ 4パーツ=200万円
税率イメージ夫婦それぞれ15%前後1人あたり5%程度
税額合計約60万円約10万円 × 4=約40万円

フランス「家族で生活を支えるなら、税も家族単位で考えるべき」という発想

フランスがこの制度を導入した背景には、戦後の人口回復と出生促進政策があります。1945年に制度が始まり、長く家庭優遇型の税制として定着しています。

特に2000年代以降は、N分のN乗方式に加えて手厚い家族手当(児童手当、住宅手当、保育支援)とセットで「子育てしやすい社会づくり」を推進。その結果:

  • 出生率は約1.9人(2020年)と先進国平均を上回る水準を維持
  • 結婚・事実婚・同性カップルなど多様な家族形態も制度の中に取り込まれている
  • 子どもを持つ家庭が「経済的に損しない」仕組みが社会全体に根づいている

日本への示唆:結婚と子育てに“損得感情”を持たせない社会へ

フランスのN分のN乗方式は、税制によって家族を支援し、出生率の回復に一定の成果を上げた制度です。そしてこの制度は、単なる「お金の優遇策」にとどまらず、「家族を持つことが当たり前に選べる社会」を下支えする役割を果たしています。

今の日本には、そのような“背中を押す制度”が極めて不足しています。

共働きが主流になった今こそ、家族単位課税が必要

現代の日本では、夫婦共に働かなければ生活が成り立たないケースが多く、もはや配偶者控除のような「片働き世帯向け」の制度では、実態に合わなくなっています。それどころか、保育料の算定などで「共働き=損」という構図が生まれている場面もあります。

N分のN乗方式のように、共働きでも、子育て世帯でも、きちんと報われる制度が必要です。税制が家庭の在り方を応援し、安心して結婚・出産できるようにする仕組みは、まさに今の日本に最も求められている政策のひとつです。

累進課税の中で自然にバランスを取れる

「高所得者が有利になるのでは?」という懸念は、日本にも累進課税制度があることで大きく緩和されます。むしろ、世帯所得が高くても、子どもが多ければ支出も増えるのだから、税負担を緩和するのは合理的です。

また、「子ども一人当たりの節税効果の上限」を設けるなどの制度設計を行えば、必要以上の恩恵を抑制することも可能で、もっと節税したいならばもう一人…とするのも少子化対策になるのではないでしょうか?

家族の形を税制が支える未来へ

N分のN乗方式の導入によって期待できるのは、次のような効果です:

  • 結婚しても「損じゃない」という社会的意識の醸成
  • 子どもがいることで手取りが減るという現状の逆転
  • 「家族=税負担が増える」という歪んだ構図の是正
  • 少子化対策としての本格的な効果

制度の目的は、“結婚を押し付ける”ことではありません。結婚や子育てを望んだときに、それが不利益にならない社会をつくること。それは、まさに少子化と向き合う日本にとって、避けて通れない視点です。

おわりに

「結婚しても得にならない」「子どもを持つと生活が苦しくなる」──
今の日本では、こうした“現実的な理由”が、若い世代の選択に重くのしかかっています。

少子化対策というと、「婚活支援」や「育休制度の拡充」などが注目されがちですが、それだけでは根本的な解決にはなりません。人生の選択を左右するのは、やはり“お金の話”です。そして、その根本にあるのが税制です。

かつては結婚や出産が「得になる」時代がありました。今は「損になる」構造が静かに進行しています。その構造を逆転させる鍵が、N分のN乗方式なのです。

この制度は、単なる減税措置ではありません。結婚・共働き・子育てという人生の大きなステージに、税制という国の姿勢で「大丈夫だよ」と背中を押す制度です。

もちろん制度導入には課題もあります。弊社は税理士事務所。N分N乗を導入した年の確定申告を想像すると寒気がするし、このコラムを社内の人間が見れば「やめてくれ!!」「これ以上忙しくなるのは嫌だ!!!」「ふざけんな!!」と絶叫が聞こえそうです。う~ん…定額減税でも大荒れだったからなぁ針のむしろ間違いなし!次に会社行って席がなかったらこの【分かる税】にて報告しますね!

しかし、少子化がここまで進んだ今、「現状維持」が最大のリスク。

きっと社内も理解してくれることでしょう(笑)

結婚や子育てにメリットを与えることで、将来の人口・経済・社会保障の安定を図る──
それこそが、日本の税制が果たすべき“次の役割”ではないでしょうか。

投稿者プロフィール

分かる税!編集部
分かる税!編集部
税理士事務所にてサイトを作って約10年。
税制は複雑化していく一方で、税理士を必要としない人々の税に関する知識は更新されていない…と感じ、より多くの人が正しい税知識を得て、よりよい生活をしてもらえたらいいなぁと思って開設したサイトです。

\ 最新情報をチェック /